前回までの話で「和音感」と「コード進行感」の二つの音感の特徴と全体像は大体つかめてもらえたと思いますが、実際に音感として習得するためにはもっと具体的な仕組みを知る必要がありますね。
ここからは二つの音感それぞれのしくみを詳しく見ていきましょう。
和音感のしくみ
まずはコード進行ではなく一つの和音を切り取って見たときの話からいきましょう。
和音を聴き取るという感覚がまだ無い方にはイメージしづらい話だと思いますが、和音のどの部分がどのように我々の脳内に印象を与えるかを図解してみます。
一つの和音の中にも「重要度のランク」「影響度合いの階層」のようなものが存在します。すなわち、和音の中のどの音がどれだけその和音の印象を左右するかという個々のレベルがそれぞれあるということです。
和音の土台「ベース」
一番強い影響力を持った音はベース、すなわち一番低いところで鳴っている音です。ベースが調の音階上のどれなのかでもうほとんどそのコードの土台となる雰囲気は決まってしまいます。
ベースより上に乗る音は、あくまでもベースの作る雰囲気の中でその性格の細かい部分を決めるものと思ってください。
例えば、カレーという料理には様々な種類がありますよね。具材やスパイスもいろいろ、辛さも違うし固形だったりスープ状だったり。でも全部カレーであることには変わりありませんよね。細かい要素をどんなに変えてもカレーが牛丼になったりはしない。
同じようにベースの上に乗る音を色々変えてもその和音はそのベースが作る性格のままなのです。メジャーコードになろうがマイナーコードになろうが、7thやテンションまで積み重なろうが、音の配置(ボイシング)が変わろうが結局はそのベースが作る世界の中で踊っているにすぎません。
したがって単体の和音を聴き取るために最初にやらなければならないことはまず「ベースがもたらす雰囲気」を感じ取るということです。
ベースの上に乗る要素
ベースが作る雰囲気をとらえられたら、そのあとは「和音の種類」を聴き取り、最後に余裕があれば「音の配置」まで聴き取る。
この順番はコードの印象を決定づける要素の重要度の順番でもあります。大枠をとらえるものからだんだんと細かい要素に進んでいくイメージです。
★和音の種類
和音の種類というのは和音の中の3度、5度、7度・・・などの各音の微妙な違いで生まれるものです。マイナーセブンスとかメジャーセブンスとかそういうやつですね。
この「ルート、3度、5度、7度、9度・・・」と続いていく和音の中の音の種類をピッチクラスと言ったりします。
このピッチクラスが上に行くにつれてその音が和音の印象に与える影響が小さくなっていくイメージです。
例えば最初の方の3度はメジャーかマイナーを左右するけっこう大きめな影響。対して9度以降になるとテンションと呼ばれ、和音自体の性格はそこまで変えずにちょっとおしゃれな感じになったりする、といった具合にです。
★音の配置、ボイシング
初心者の方で勘違いしがちなのが「コード=左手で弾くもの」とか「コード=ドミソみたいな決まった形」と思ってしまうことです。
コードというのは「音の組み合わせ」のことであって、例えばCなら
「このCのコードの区間はドとミとソが主役で使われるよ~出てくる場所やタイミング、数はなんでもいいヨ☆」
というようなけっこうゆるい概念なのです。
このようにコードというのはその音をどのタイミングでどの高さにどれだけ鳴らすかは自由なものだと思ってください。
音の配置やボイシングというのはまさにこれのことで、コードの中の音をどのように積み重ねたりバラして置いていくかという考え方なのです。
順調に音感を鍛えていった先にはコードの音がどこにどう配置されているのかまで聴き取ることができるようになるというわけです。
そうはいっても学び始めの初心者にとってはこういった細かい部分を聴き取ることは難しいです。ですが誤解を恐れずに言えば別に細かい部分は聴き取れなくても全然OKなんです。
実際ずっしーも最初のころは大枠のところしか感じ取れていませんでしたが、それでも耳コピやアレンジをすること自体にはさほど問題ではなかったりします。
細かい部分はやっているうちに勝手にその微妙な響きの差に気づくこともありますし、試行錯誤の中で発見できたりもするので最初から全部聴き取ろうと考える必要はありません。
むしろ大事なのは一番大枠の要素であるベースが作る雰囲気を一つずつしっかり確実に覚えていくことなのです。
さて、和音単体でみれば一番大枠の要素はベースになるわけですが、このベースよりもっとさらに大枠のものがあるんでしたね。そうです、コード進行のまとまりが作る雰囲気。それを感じ取るのがコード進行感というやつでした。
今の話で考えると、このコード進行感はベースよりさらに大枠の要素でありさらに重要度が高いということになります。そんなコード進行感についてみていきましょう。
コード進行感のしくみ
コードというものは単体でも音の厚みを出し特有の情感を表しますが、いくつかのコードが連なった場合には単体のときとはまた異なる雰囲気を作り出すという性質があります。
さらに、コードが進行の中にあっても前後のコードが違えばまたそれぞれ違う印象をもたらすという側面まであるのです。
例えばハ長調での「G」というコード。(度数表記:V)
「 C → G → Am ・・・」という進行と
「 F → G → C ・・・」という進行では
同じGのコードでも聴いたときの印象が変わってきます。
一つ目のGにはまだまだ曲が展開していきそうな「途中感」が、二つ目のGには上り詰めてもう次で落ち着くぞという「クライマックス感」がありますよね。
このように単にGというコードでみても色々な顔を合わせ持っていて、まとまり方によってそのコード進行の印象は変化してしまうことがわかります。
したがってコード進行を聴き取るためには一つのコードに注目していてもあまり意味がないのです。(先ほど和音感の章でさんざん一つのコードについての解説をしといてなんですが・・・)
和音単体に着目することは一旦置いておいて、コード進行がまとまりとして作る雰囲気をそのまま感じ取る意識を持たなくてはいけないということなのです。
そして実は、コード進行においては「コード4つのまとまりが作る展開」が非常に大きな意味を持つということを知っておく必要があります。
4つセットで紡いでいくコード進行
現代のポピュラー音楽においてこの4つセットのコード進行が作る展開は非常に重要な役割を持っています。
どういうことかというと、この4つのポジションのどこにそのコードが位置するかでコード進行の雰囲気は全く違うものになってくるということです。
実際に聴いて確かめてみましょう。
例えば「 F → G 」というコード進行のつながりが持つ雰囲気は常に同じなのでしょうか?
4つのポジションの中でこの「 F → G 」が登場する場所を変えてみましょう。
以後、4つの位置を呼びやすいように下の図のようにそれぞれ1st、2nd、3rd、4thポジションという名前で呼ぶことにしましょう。
まず一回目は「 F → G 」が3rdと4thポジションにいるパターン。
このときは「 F → G 」の、盛り上がってさらに盛り上がる二段階のアガる感じが出ていますよね。上がりきって次のサイクルに行くと同時にCで落ち着く、そんな感じがしますよね。
さて次は「 F → G 」が2ndと3rdポジションにいるパターン。
この場合は先ほどと比べてどうでしょう?「 F → G 」でつながっているという感じがかなり薄れていませんか?
むしろ「 Am → F 」と「 G → C 」の二つがつながりとしては印象が大きいですよね。
つまるところ「1stー2nd」のつながり、「3rdー4th」のつながりは強いつながりであるのに対し、「2ndー3rd」のつながりは弱いということです。この偶数の区切り感がコード進行感を鍛える上では非常に大事なのです。
たとえ同じ「 F → G 」というコード進行を切り取ってみても、ポジションによってその進行の音楽的な意味合いは変わるのです。
「 F → G → C → C 」
「 C → F → G → C 」
「 C → C → F → G 」
上の三つのコード進行は一見どれも似たもの同士に見えますが、コード進行感という軸で見た場合これらはそれぞれ全く別の機能を持ったコード進行だということです。
音楽的な機能が違うならばそれらは別物としてとらえ別物として覚えていく必要があります。それがこの4つセットのコード進行が作る展開の意味するところなのです。
もちろん、もっと引きで見ていくと「8つのコードのまとまり」なんていう風にさらに大きい枠組みで考えていくことができます。
この場合は4つのまとまり同士の区切り感はさらに大きいものとなります。
このような区切り感の大小によって作られる構造的な仕組みが最終的に曲全体のわかりやすさと美しい躍動感を支えてくれるのです。
とりわけ現代のポピュラー音楽においては4つのコードのまとまりを中心にコード進行の展開が形作られています。
コードの機能「T・S・D」
さて、ここまでさんざんコード進行の「盛り上がり具合」だとか「上がる、落ち着く」なんていう感覚の話をしましたが、この起伏はいったい何で決まるのでしょうか?
実はコード進行の起伏が作られる理由はコードの機能というもので説明できるのです。
みなさんは「トニック」「サブドミナント」「ドミナント」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。音楽理論に興味をもって調べたことがある人はどこかで見かけたことがあるかもしれませんね。
実はたくさん種類があるように見えるコードもこの「トニック」「サブドミナント」「ドミナント」の三種類の機能に大きく分類することができるという話なんです。
音の感覚を言葉で説明するのは難しいですが、これら三つの機能の印象をそれぞれ表してみると
トニック(T)= 落ち着いた安定感
サブドミナント(S) = 中くらいの高揚感
ドミナント(D)= 落下寸前の不安定感
といった感じでしょうか。一応聴いて確認してみましょう。
機能 :T → S → D → T
コード :C → F → G → C
T・S・Dそれぞれの感じが何となくつかめたでしょうか?
ちなみにハ長調のコードをT・S・Dそれぞれの機能でカテゴリ分けすると下のようになります。
- トニック(T)………… C, Am
- サブドミナント(S)… F, Dm, Bdim
- ドミナント(D)……… G, Em
上で挙げたのはダイアトニックコードのみですが、この他にもコードの種類はたくさんあるし「これはTでもありDとも言えるよね」みたいな境目が曖昧なやつもあったりします。
そのあたりは数が膨大になるので別の機会にガッツリ実例とともに解説しますのでここでは軽く触れる程度にしましょう。
ともかく、4つのポジションにこのT・S・Dがどう配置されているかでそのコード進行の進行感が決まるわけです。
現代の調性音楽においてはこのT・S・Dの機能で作られるコード進行のメリハリというものがかなり重要な位置を占めています。
さて試しに実験をしてみましょうか!
T・S・Dの機能は変えずにコードだけ変えてみたら、ちゃんとコード進行の起伏感が同じになるのか。
例として「 S → D → T → T 」という連結を使ってやってみましょう。
①まずは一番基本的なコードを使ってみます。
「 F → G → C → C 」
※二回繰り返します
緊張感をもって始まり→盛り上がり→落ち着く→そのまま。そんな感じの起伏ですね。
②次にいくつかコードを置き換えてみます。
「 Dm7 → G → C → Am7 」
コードの変化は多彩になりましたが先ほどの流れはそのままという感じがしませんか?
③さらに原型をなくすレベルでコードを変えてみましょう。
「 FM7 → E7 → Am7 → F#m7b5 」
だいぶ暗めでかっこいい感じの雰囲気に変わりましたが、やっぱり緊張→高揚→落ち着き→落ち着きの流れはそのままですよね。
感じていただけたでしょうか?これがコード進行感というものの根底にある考え方なのです。
でもこれだけ聴くと「コード適当に変えても全部こんな感じになるんじゃないか」って思うかもしれませんね。
では逆にT・S・Dの機能を変えてしまってコード進行を作ってみましょうか。
「 Am7 → FM7 → Dm7 → G7 」
(T → S → S → D)
これでなんとなくわかりましたか?メロディは同じでも先ほどのもの達とはだいぶ違う性格の進行という印象を受けたのではないでしょうか。
もし「なんのこっちゃ」という風に感じたとしてもあまり落ち込む必要はありません。
そもそもまだ音感を身に着ける前の状態でこのT・S・Dの起伏感を感じ取ることは難しいとも言えます。むしろ音感を鍛えていく過程でこの感覚を鋭敏に感じ取れるようになっていくものですからね。
この記事を読んで「こういう感覚を身に着けることを目指すんだよ」という話をまずは頭でわかってもらうだけでも学びの指針が明確になり効率の良いトレーニングを行えるようになるでしょう。
細かい話
(※ここは読み飛ばしても構いません)
★4つセットの進行の例外
上で偶数区切りの構造が重要、とりわけ4つのまとまりが現代のポピュラー音楽の中心と説明しましたが、必ずしも常に4つのセットでコード進行が組み立てられるというわけではありません。
一部分が分割されていたり、コード変化の密度が一様ではないこともあります。
【Ex.1】
【Ex.2】
ですが大きく見れば偶数周期の構造に根本的な違いがあるわけではなく入れ子状態になっているだけなので、偶数区切りの構造は変わらず強固なシステムになっています。
そんなわけで4つセットのコード進行は「コード進行の基本形」として頭に入れておくことが重要です。
そうすることによって、「その基本形から派生している」「基本形からこの部分だけが違う」などのように基本の形を軸に頭の中を整理して記憶することができるのです。
★「ベース ≠ ルート」の和音
和音感のところでベースが和音の性格の最も大きい印象を作るという話をしました。
しかしベースがコードのルートになっていない場合、すなわち転回形やいくつかの分数コードの場合は少し話が違ってくることがあります。
例えばⅠ/Ⅲといったコードの場合、Ⅲらしいベースの雰囲気がありつつ全体の響きとしてはⅠと同類といったような、2つの和音の性格を混ぜたハイブリットな印象をもたらすことになるのです。
このあたりの微妙な違いは聞き分ける難易度は高めなので最初は考える必要は全くないと個人的には思いますが、一応念のため書いておきました。
これで和音に関する音感のしくみの解説は終わりました。
最後の記事はいよいよこれらの音感を「どのように鍛えていくか」というトレーニングの方法や取り組む際に気を付けるべきことなどをまとめていきます。
ずっしーさんの記事は初心者の自分にも分かり易く、大変参考にさせて頂いております。
1つ疑問に感じた箇所があるのですが、ダイアトニックコードのカテゴリ分けの方法について自分が読んだ著書では、四和音では
トニック…C△7,Em7,Am7(I△7,IIIm7,VIm7)
サブドミナント…Dm7,F△7(IIm7,IV△7)
ドミナント…G7,Bm7b5(V7,VIIm7b5)
とあり、この記事と異なった分け方になっていると思うのですがこれは間違った分け方であるという事でしょうか。
大変良い質問をしていただいたので詳しく解説をしますね。(長いです)
まず第一に念頭に置くべきは、音楽理論というものは「絶対にこれが正しい」というような性質のものではないということです。なぜなら数学や物理学のような厳密な論理性によって展開されていく学問とは異なり、音楽理論は過去に存在した膨大な曲を分析することで得られた経験則でしかないからです。つまり、こういうパターンのものはこう「解釈できる」というような後付けの理屈なのです。ですから音楽のジャンルが違えば理論として全く考え方が違うものがザラにあります。実際、T・S・D分類の話は各ジャンルの理論ごとにばらつきがあったりします。
なにより結局は「人間が耳で聴いた印象」というフィルター無しに音楽を理論立てることはできないため音楽理論は本質的に曖昧な領域を持つという側面があります。こういった点をまずは大前提としてご理解ください。
その上で、ご質問のT・S・Dの分類の理由を以下に書きます。
コメントに書いてくださった著書の分類の根拠はおそらく「トライトーンの有無」ではないかと思います。シとファの音程のことですね。これがあると非常に不安定な響きを持ちトニックへの解決に向かう性質がある――これがドミナントたる理由だというものです。そのためⅢm系はトニック、Ⅶdim系はドミナントになっているのでしょう。
一方、当サイトではポピュラー音楽を主軸に置いた考え方で進めていくつもりですので、ポップスの分析において有用性が高い分類の仕方を推奨していこうと思っています。細かい説明をすると長くなってしまうので結果のみ言うと、先ほどの分類はポップスでみられるコード進行を説明するのにはあまり適さず、むしろポップスの特徴である平行調の長調短調の切り分けの曖昧さを考慮し平行調同士の対称性からT・S・Dを分類するほうが便利かつ理解しやすいと考えます。そのため記事中に出てくるような分類をしました。
もっとも、音感を鍛えていった先には個々人のコード機能の感覚の違いは生じるでしょう。さらに元も子もないことを言えば、ポップスというジャンルの範囲においてさえT・S・Dの機能はいつでも確かなものというわけではありません。先ほど上がっていたⅢmなどはその特徴的なコードのひとつで、記事中に“「これはTでもありDとも言えるよね」みたいな境目が曖昧なやつもあったりします”と書いたのはまさにこのコードのことです。
またいくつかのノンダイアトニックコードが絡む展開、あるいは部分的な転調がある場合などではもはやT・S・Dの分類は意味をなさなくなることもあります。(無理やり分類したところで有用性は低く、何のための理論だ?という話になってしまいます)
結局のところ理論を用いる目的が大事なのであって、その理論が目的に合った手段たり得るのかというところが肝要なのです。
ずっしーの音楽教室では入門者に向けた導入の平易さと学習のプロセスにおけるストレスの少なさを最重要視しています。今回の記事もそのための理論と説明になっていると信じています。読んでくださる方が無事に音感を習得しコードの感覚を体得できた暁には、きっとこの記事の内容が雑で不正確と感じることもあるでしょう。ですが、みなさんがそう思えるくらいになってくれることがずっしーの音楽教室として望む所でもあるのです。
丁寧な回答をありがとうございます。
学習の過程で中々難しいところもありますが、なるべく負担のないように頑張りたいと思います。